初めて持った時計と、初めて意識して見た時計は、同じとは限りません。実用品として何年も腕時計を使っていたのに、別の一本のほんの小さなところが急に気になることがあります。秒針の動きだったり、リューズの形だったり、ケースが手首に収まる感じだったり。

それまでは道具だったものを、細かく見るようになる。時計は何も変わっていません。変わったのは、こちらの見方です。

少し不便だから

機械式時計は、その変化を忘れさせてくれません。手巻き時計はリューズを回してゼンマイを巻き上げます。自動巻き時計は、腕の動きを利用して動力を蓄えます。どちらも、蓄えた力を使い切れば止まります。

便利さなら、スマートフォンやクオーツ時計の方がずっと上です。止まった機械式時計は時刻を合わせ直さなければならないし、手巻きならまたリューズを回す必要がある。それを楽しいと思う日もあれば、単に面倒な日もあります。

でも、その面倒さのおかげで時計は背景に消えません。動いている時も、止まった時も、少しずれた時も気づく。精度はもちろん大切です。ただ、時計に注意を向けること自体も、使う楽しさに含まれてきます。

後に残るもの

コレクションは、そんな小さな見方の変化から始まります。リファレンスやキャリバー、整備履歴や状態について知るのは、その後です。最初の興味はもっとまとまりがありません。サイズのバランスが妙にしっくりくる。使い込まれた時計から前の持ち主を想像する。新品の仕上げに、作った人の手間が見える。安い変わり種が、高価な時計より頭から離れないこともあります。

The Constant Escapeは、そういう「気づいてしまった瞬間」から始めます。すべての時計に深い意味があるわけではないし、個人の好みは投資助言にもなりません。時計をよく見て事実と売り文句を分けつつ、それでも人が手元に残したくなる少し不合理な理由は削らない。そんな書き方をしたいと思っています。

最初に目を止めた時計が、いちばん正確な一本とは限りません。それでも、次に何を見るかを変えた一本として記憶には残ります。